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メアリーのブログ「スキップして!」

鹿児島県薩摩川内市、自家焙煎珈琲店「珈琲倶楽部船倉」のオーナー、メアリーのブログです。

手廻し焙煎機から

7月25日は、珈琲倶楽部船倉のオープン記念日で、節目の35年目に突入しました。
5月にFMさつませんだいで「げそ太郎の一期一笑!」という番組に出演しました。飲食店を盛り上げ、新たに薩摩川内市の特産品を作ろうという番組。
6月には、川内商工高等学校の課題研究「商品企画」として、教師と6名の生徒さんから取材を受けました。その内容を薩摩川内市観光物産協会のHP「こころ」で紹介してくれることになっています。
どちらも、珈琲店を始めたきっかけ、こだわっていること、今後の目標についての質問を受けました。
このような機会を含め、当時を振り返り、珈琲店を始めたきっかけ話すことが多くなりました。
私共は、珈琲店を始める前にカフェレストランを5年間営んでおりました。その間、大手メーカーの珈琲を取り扱っていましたが、もっとおいしい珈琲を提供したいという思いが強くなり、夫が厨房のコンロの上に、手廻しの小さな焙煎機を置き、焙煎を試してみました。
レストランの厨房で、パチパチ、ピチピチという珈琲豆がハゼる音を聞き、煙と共に、芳ばしい香りが充満し、緑色の生豆が茶褐色に変化していく様を初めて見た時の感動は忘れることができません。
試行錯誤を続けているうちに、産地別の珈琲豆の特性を生かす焙煎など、珈琲の奥深さに魅了され、珈琲店をやってみたいと強く思い始めました。ですが、薩摩川内市で珈琲店が成り立つわけがないと、ほとんどの方に反対されてしまいました。

単純な性格ゆえか、ほとばしる情熱か、私共は「心に描いた夢は必ず実現する」と信じ、迷いなく始めることができました。
オープン当初は「苦い!」という反応が多かった煎りたての珈琲が、「船倉の珈琲でなければ」というお声が聞かれるようになった時は、珈琲店をやってよかったと胸をなでおろしました。現在はドイツ製焙煎機プロバットで当店のこだわりの味を焙煎しています。
珈琲を通して、どうしたらしあわせを感じていただけるかと、常に考えることが私の楽しい仕事でもあります。珈琲ギフトで喜びを伝播することができると考え、当初からギフト作成に意欲的に取り組んでいます。
一昨年、会社のロゴを一新し、今後はブランド力を高めていくのが目標です。

34年前、じりじりと暑い陽射しが照り付ける中、「アイス珈琲半額!」というチラシを配り、社員1人、バイト1人でスタートした日を振り返り、お客様、スタッフ、委託会社、友人たちなど、一日一日を多くの方々に支えられて、ここまで来れたことに感謝の気持ちを深めています。
今後ともどうぞ宜しくお願い致します。

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あるがままに生きる島の友

私が10歳から中学卒業まで過ごした所は、屋久島の北西にある口永良部島。ひょうたんの様な形の活火山がある小さな島です。その名前は鹿児島県人にも馴染が薄いでしたが、7年前の大噴火で、島民全員が屋久島に避難する様子が連日、マスコミで報じられ、全国的にも知名度が上がりました。
私が住んでいた半世紀前と違い、現在の島の人口は、半数以下の100人余りになり、小、中学校が同じ場所で、2学年が同じ教室で学ぶ複式学級で、全校15名の生徒と11名の先生で構成されているそうです。生徒不足を補うために、山村留学制度で県外からの受け入れを行ってると聞きました。
この島に住む同級生のみな子さんから今年もタケノコが届きました。
彼女はこの島で生まれ、大阪で結婚。子育てを終え、5年前から島に住み、7名の孫たちを1年ずつ交代で山村留学の生徒として受け入れ面倒をみています。子供たちは大自然の中でのびのびと生活し、学業も個人レッスンさながら丁寧な指導をうけ、出番が多い行事も主役級で楽しんでいるようです。 
春には、小・中学校の先生方をタケノコ取りに案内し、夕方には天ぷらやバーベキューを振る舞っています。  
運動会には先生方全員の弁当を作って喜んでもらっているようです。子供たちだけでなく、島で勤務する先生方にも頼られる存在になっているのです。
5月の南日本新聞で「口永良部、忘れられず再び留学」というタイトルの投稿を目にしました。神奈川に住んでいる生徒が2年前、島での1年の留学を終え、地元の学校に通ったものの島のことが忘れられず戻ってきたという内容でした。その留学生はみな子さんにお世話になることを希望したそうです。
孫たちや留学生に付き添い、人生の後半を故郷で過ごし、周りの人々のために全力を捧げているみな子さんの生き方を尊敬し、同級生として誇りに思っています。
島は不自由で、贅沢はできない、あるもので生活するしかない。それゆえあるがままに生きることができる、だから好きなのだと、みな子さんは言い切ります。
ある写真家が「口永良部島は最後の被写体にとってある」と言っていました。それほど魅力的ということなのでしょう。ここは私にとっても宝の島。
9月、全島民参加の運動会にはぜひ行きたいと、みな子さんに申し出たところ、弁当を一緒に作って欲しいとリクエストがきました。これで決まりです。
かつてスポーツで汗を流した学び舎で、島民の声援が響き渡る運動会を思い出し、あるがままに生きる島への旅支度するのが今から楽しみです。


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