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メアリーのブログ「スキップして!」

鹿児島県薩摩川内市、自家焙煎珈琲店「珈琲倶楽部船倉」のオーナー、メアリーのブログです。

チャレンジを続けて

今年も残り僅かになりました。皆さんにとってどのような年になったでしょうか?今年も珈琲倶楽部船倉の珈琲をご愛顧頂き心より感謝致します。
今年は新元号の「令和」が始まり、新たな時代の幕開けとなりました。多くのことが変化していると強く感じます。
一方、今年は災害が多い年でもあり、未だ現状復帰がされない所もあり、一日も早い復旧を祈るばかりです。
当店もこの一年を振り返ると、ご迷惑をおかけしたことも多々ありました。それでも繋がりを保っていただき、涙がでる思いも致しました。
心苦しい値上げもしましたが、ご理解の言葉も数多く戴き、救われる思いがしました。
遠方からわざわざ逢いに来て下さった方もおられます。石垣島、京都、神奈川そして北海道からも。
1月末から始めたインスタグラムは現在フォロアーが560を超えました。担当スタッフが写真と文章を考えて店の紹介をしています。見て下さっている方、フォロアーになって下さっている方の反応がとても有難いです。改めて、インスタグラムの影響力にも驚いています。
パリで約6年修行したパティシエールが「月の限定メニュー」を、昨年11月から担当しています。限定メニューを始めて約10年。今年10月のメニューが今まで中で最高の数を召し上がって頂きました。智子パティシエール(トモシェール)が「珈琲に合うスウィーツ」を皆さまに喜んで頂きたいと試行錯誤を重ねて提供しています。
現在、店舗スタッフ6名、そして委託会社1社のチームで店を運営しております。時代の多くの変化を感じながら、皆さんに喜んで頂けるようチャレンジして参ります。
皆さんにとりまして、来る年もより良き年でありますようお祈りします。
ありがとうございます。

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バケットリスト  

「あなたが死ぬまでにやりたいことは何ですか?」と問われたら、何と答えるだろうと自問してみました。なかなか出てこない。でも残り6か月という命の期限を切られたらどうだろうか?
2007年に放映された「最高の人生の見つけ方」というアメリカ映画のリメイクが邦画として今年10月に公開されました。
このアメリカ映画は、私が最も好きな映画のひとつです。リメイクが出たことで改めて原作を振り返ってみました。
映画の原題は「バケットリスト」 バケットはバケツ。バケツには「死」の意味があり、これは「死ぬまでに実現したいことを書きだしたリスト」です。
大富豪のエドワードと修理工のカーターは同室に入院し、二人とも余命6か月と宣告されています。そのふたりが意気投合しバケットリストを作り、病院を抜け出し、ひとつひとつクリアーしていくストーリーです。
死を直前にしながらも、冒険をする二人の話はユーモラスで、爽快感があり、友情と家族愛を描いたヒューマンドラマです。
私がこの映画を好きな理由がもうひとつあります。珈琲の話が映画のストーリーの隠し味として登場していることです。
エドワードは、大の珈琲好きで横式のサイフォンを病室に置き、世界で最も高価な珈琲と言われている「コピ・ルアック」を飲んでいます。
博学なカーターが、「君は珈琲が好きなようだけど、珈琲の起源を知っているのか?」と映画の前半で聞いてきます。そして後半で「コピ・ルアックはどういう飲み物か教えてあげる」という会話があり、珈琲店のオーナーとしてはドキドキする場面です。
珈琲の起源については、エチオピアでの羊飼いのカルディによる発見説があります。
「コピ・ルアック」については、「コピ」はインドネシア語で珈琲、ルアックはジャコウネコの意味です。ジャコウネコに珈琲豆を食べさせて、糞として出てきた豆を洗浄し乾燥させ、焙煎したものです。
珈琲屋としては、何より興味深く、多くの方に珈琲について深く知ってもらえる機会でもあるので有難いと感じました。
日本でのリメイクを機会に、改めて私自身のバケットリストを考えてみました。
映画の中にあるような、スカイダイビングや、荘厳な景色を見たいという壮大な夢はありませんが、なかなか会うことができない人に会いたい。そして、自然の中で、じっくり植物や花を愛でたいとも思います。「バケットリスト」を考えると色々出てきそうで楽しくなってきます。
普段は想像もしない喜びが、「奇跡のように」起こりそうな予感がします。
皆さんもバケットリストを作ってみませんか?
ありがとうございます。
    

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ブラジルの風

今年の夏、ブラジルから訪問者がありました。サンパウロ在住の大沢晴子さんがお孫さん二人と一緒に来られたのです。6年前に私が友人に誘われてブラジル訪問をした時、ブラジルでの滞在から案内までの世話してくれた友人の親友です。
薩摩川内市出身で50年ほどブラジルに住んでいる晴子さんに、サントス港と珈琲農園にどうしても行きたいと申し出、念願が叶いました。
サントス港は、1908年に日本の初めての農業契約移民が夢と希望(金の成る樹)を求めてブラジルでの一歩を踏み出した場所。しかし、そこでの暮らしはあまりにも過酷で、血の涙を流したと伝えられています。彼らの思いを感じてみたいと思ったのです。サントスの珈琲ミュージアムでは、一世を風靡した珈琲王国の歴史と移民たちの苦労を知ることができました。
広大な珈琲農園では、たわわに実る赤い珈琲の実が迎えてくれ、「やっと来れた!」と強く感じました。移民たちが守り続けた農園での資料館で先人たちの当時の生活の一部を感じることができました。
8日ほどの滞在中で、サントス港、珈琲ミュージアムと珈琲農園行きの2日間とも、帰りの車の中で涙があふれてき、止まらなかったのは不思議な体験でした。今でもブラジル農園を思うと目頭が熱くなり、私はブラジルと深い繋がりがあるのかもしれないと勝手に思っています。
初期の珈琲農園では、日本人は「ガランチーノ」(勤勉な人種)と呼ばれ、日本人なら間違いないと尊敬の念で呼ばれていたと聞きます。この地で多くの日本人が成功を収め、貢献しているのはよく知られていることです。
晴子さんが常々話しているのは「ブラジルは気候も良く花々もきれい、人々は陽気で明るく、とてもやさしい。乗り物の中で若者は必ず席を譲ってくれる。とても住みやすくいい国。ブラジルの良さを多くの人に伝えてほしい」ということ。
現在、ブラジルの日系人は190万人にも及び、最も多くの日系人が住む国で、親戚の国と言っても過言ではないでしょう。
テラロッサという赤土の農園で、陽気なブラジル人によって収穫、精選された珈琲が、世界一の珈琲の出荷港サントスから届きます。そのブラジル珈琲を、日本で飲むとき、私の中にブラジルの風が吹き抜けます。苦労を重ねた先人たちが、しあわせになる珈琲を応援しているかのように愛に包まれるのです。
10月1日は珈琲の日。珈琲が美味しい季節です。珈琲倶楽部船倉の10月のおすすめ珈琲は「サントス」です。陽気な国ブラジルで移民たちが作り上げた珈琲農園の歴史を感じながら飲んでいただけたら嬉しいです。
ありがとうございます。

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贅沢な珈琲時間のために

今年の夏は猛暑日が続きましたが、大きくなった栗の実や野山の花々を見ると、秋がそこまで来ているのを感じます。
8月から珈琲豆や飲食の料金の値上げをさせて頂いております。長年値上げを考えてまいりましたが、お客さまの喜ぶことではないと承知しておりますので、なかなか決断することができませんでした。当店の珈琲豆は他の自家焙煎店と比べて安く提供していましたので、価格を喜んでご注文下さる方も多かったと思います。
船倉通信やダイレクトメール、HP等でお知らせしておりましたが、珈琲豆仕入れ価格や物流費の高騰のため、現行の価格を維持することが困難になりました。やむを得ずこの度、苦渋の選択をせざるを得なくなった次第です。
全て消費税込みの価格にさせていただきました。
値上げをしたことに心を痛めていたとき、鹿児島市のNさまから嬉しいコメントをいただきました。
「今まで値上げをしないで頑張って頂いたことに感謝です。日々、こんなに素晴らし珈琲をいただいていること、しみじみと感じ入っています。贅沢はしない我が家ですが、珈琲だけは我儘を通してきました。でもこれからはもっと大事に飲もうねと、夫と話しているところです。我が家の珈琲は珈琲倶楽部船倉さんでないと絶対駄目なんです。残り少ない人生、マンデリントラジャに執着したいです」という内容です。
涙がでるほど有難いメッセージでした。
N様のコメントの中に書かれている、唯一の「贅沢として、大事に飲んでくださる珈琲」をさらに心を込めて提供したいと身を引き締めております。
お客様の値上げに対する問い合わせに対処しているとき、若いスタッフの一人が「仕方がない事です。こちらの事情もありますからね」と言った言葉に彼女の成長の跡を感じました。
今後もスタッフともども「しあわせになる珈琲づくり」に精進してまいります。
何卒ご理解賜りますよう心よりお願い申し上げます
ありがとうございます。

追記:月のサービス珈琲(1種2割引)と年に3回の感謝フェア(3種2割引き)は引き続き行いますのでご利用くださいませ。


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原点

7月25日は私共のオープン記念日で、32年目を迎えることになりました。
店を振り返り、自分を振り返ってみました。薩摩川内市で初めての珈琲専門店は、珈琲より珈琲ゼリーが美味しい店として評判を得ていました。そしてどのようにしたら珈琲を通して幸せになっていただけるかという試行錯誤が始まり、それが楽しい日々でした。今でもゼリーの人気は健在ですが、「ここの珈琲でないと」と言っていただけるようになりました。
そしてご縁があった方々が浮かんできます。スタッフ、お客さま、業者の方に恵ました。親戚のような、親友のような付き合いが増え、よきご縁の連続がこの仕事を続けている原動力になっています。
 私は中学時代を屋久島の西方にある口永良部島で過ごしました。4年前、この島で大噴火があり、島民約130名は屋久島に避難を強いられました。約半年間の仮設住宅での避難生活は全国でも報道され、島の名前は一躍有名になりました。
 5年前、45年ぶりに念願の帰郷が叶ったのです。島の魅力にとりつかれ移住者が増えていましたが、島民特有の暖かさは変わっていませんでした。
人口減少のため、小中学校が合併し小学校では複式学級となっていました。山村留学生も受け入れ、そして今年6月に新校舎もできたと聞きます。
潮風を感じながら癒される4つの温泉もあり、海と山の幸にも恵まれています。民宿の数も7件に増えていました。知人の写真家が「口永良部島は最後にとってある」と言われるほど「とっておきの島」なのです。
私の中学時代に影響を受けた恩師がいます。その恩師は私の2年と3年の担任で、所属していたバレー部の監督でした。その先生は毎朝、福沢諭吉の心訓を唱和させました。
「世の中で一番尊いことは人のために奉仕し決して恩にきせないことです」「世の中で一番美しい事はすべての物に愛情をもつことです」この二つの言葉は特に気に入っていました。
この心訓は、私が現在「喜ばれる存在」として「愛と感謝」を深めたいと考えていることと通じています。これが自分の原点のひとつではないかと気づいたのです。
今後も原点を大切に、喜んで頂きたい思いを深め、珈琲を通してしあわせを発信したいと考えています。
今後ともよろしくお願いいたします。
ありがとうございます。




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